たった一枚の写真から蘇った記憶
「その感性をどこで身に付けたの!?」
と、元カメラマンの彼がわたしにそう言ってくれました。
わたしは、その言葉がすごく嬉しかったのです。
彼は、近所に新しくオープンした珈琲豆専門店のオーナー。
こじんまりした小さな店舗には、彼が撮ってきた写真と相方のオーナーが描いた絵画が、店内にお洒落に飾られていました。
なんて素敵なお店なんだろう。
店内に足を一歩踏み入れた途端、心地よい空気と共に珈琲の香りがすーっと体内に入ってきたのです。
思わず息を呑みました。
感じが良いお店っていうのはきっとこういうお店のことなんだろうな。
ギャラリー風の店内には、珈琲豆を焙煎する機械と、真ん中にたった一つ置かれたテーブルと椅子だけのシンプルなお店。
「よかったら試飲されますか?」
圧倒的な存在感を醸し出しているテーブルの上には珈琲が置かれ、わたしは椅子に腰掛けながら珈琲を味わっていました。
その様子を彼が撮ってくれた写真が、この一枚です。
一杯の珈琲がテーブルに置かれているだけの写真に、思わず吸い込まれそうになります。
写真が生きてる、そう感じた瞬間でした。
彼が撮ってくれた一枚の写真に感動したわたしは、後日、彼にお願いを申し込んだのです。
「わたしに初心者向けのカメラ講座をしてもらえませんか?」
すると、彼から返ってきた言葉は、
「今はカメラマンはしていないし、他の人に学んだ方がいいよ。」と断られました。
それでも、無理を承知で懇願したのです。
すると、彼はわたしにいろいろな質問を投げかけてきました。
おそらく、見込みがあるかどうか、面接をされていたのだろうと思います。
店内に飾ってある写真を観た感想や、芸術家で誰が好きかとか。
わたしは、ただ彼の質問に、一つ一つ答えていたのです。
最後の質問に答えたあと、彼がこう言ってくれたのです。
「その感性をどこで身に付けたの!?」と。
「えっ、どこで!?」
即座に答えられなかったわたしは、自宅に戻った後、ゆっくりと自分のヒストリーを思い返していました。
わたしの感性が培われた時を。時代を。
しばらくすると、すっかり忘れかけていた時が脳裏に蘇ってきました。
わたしの感性が培われた時代が、鮮明にあらわれてきたのです。
そして、最後に彼はわたしにこう言ったのです。
「感性は誰にでもあるわけではない」と。
その言葉がとても心に強く響きました。
たった一枚の写真から、忘れかけていた自分の記憶を思い出したのです。
富安里佳
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